2014
03
[店舗・ビル]
大井町線自由が丘駅のホームに面して建つ物販店舗の自社ビル。ウォーターフロントの傘のブランドで全国一のシェアをほこる株)シューズセレクションが、新たな傘のブランドSHU’sを販売する初の直営店である。設計においては、この店舗での売上高もさることながら、ブランド名を広く認知してもらうための広告塔としての役割が第一とされた。それゆえ、店内の様子が街から見える、まさにガラスショーケースとしての建築をめざした。スキップフロアーの店内に天井も含め、所狭しと飾られた色とりどりの傘の花が咲く様子が、自由が丘駅を利用する人や、街行く人の目に飛び込み、街にうきうきした気分を振りまいて欲しいと願っている。
上記の写真 すべて photos by Kenji Masunaga
ガラスショーケースに「傘の森」が花開くことを設計コンセプトとした。
「作り手の思いを伝える」 建築家/中谷俊治
駅ビルや駅前と言えば、高層ビルや地下街が主流の都心にあって、自由が丘は「地べたの街」である。
立体化した複雑な動線があるわけではなく、駅を出ると四方に広がるストリートへ横断歩道を渡り、踏切を越え、三々五々、人々は街歩きを楽しむ。
林秀信社長が新店舗のために手に入れた敷地は、大井町線自由が丘駅のホームに隣接した、踏切端の一角。そこにはずいぶんと、くたびれた木造2階建てがあったのだが、街行く多くの人々の意識から抜け落ちていた場所だったに違いない。
確かに駅に近い。なにしろホームの後ろなんだから。でも、道路に面した間口が狭い26坪のうなぎの寝床。普通に考えれば商売をするのに、もっと条件の良い敷地はいくらでもありそうな気がする・・・。 ところが、こういう土地こそが、まさに林社長、ウォーターフロントの得意とするスペースなのだ。
ウォーターフロントの傘が置かれているのは、駅前の本屋さんやドラッグストアの出入口の脇。林社長が選んだ土地は、まさに自由が丘という街の出入口の脇だった。
ごくごくわずかな一角、でも実はそここそが商売をする上で街の一等地であることを林社長は熟知している。
入口脇であっても傘の花をぱあっと咲かせてしまう、アソート販売によるカラフルで目を引く商品陳列。
建築も負けちゃいられない。林社長のアイデアと心意気に呼応しなければならない。
そこで僕が考えたのが、建物というより、法的に建ちうる最大の大きさのガラスショーケース。
話をもらった一番最初の設計条件が、「月に一度だけバイヤーに来てもらうショールーム」だったと記憶している。その他、現実的な条件がいくつかあったと思うが、このディスプレイだけ、という衝撃的なほど緩い条件が、筆をどんどん走らせた。
「そうか、これは建築と発想しちゃだめだ。床なんかなくてもいいんだ。傘を飾るための階段さえあればいいんじゃないか!!」
建物の中に入る人よりも、道路から見上げてくれる人よりも、駅のホームや、電車から見てくれる人の数はケタが2つ以上違う。ならば線路側、ホーム側に向かって開いたガラスの展示ケースにしよう。
横17m、高さ17mのガラスショーケースのなかで、色とりどりの傘が宙に舞う。胸の高鳴りを感じながら、ほとんど一晩で一つの絵、ファーストイメージが出来上がった。(図-1)
建築という社会生産物は法規によってがんじがらめになっているため、ユニークな建物というのは、そうそう実現できないようになっている。でも、床のない、部屋のない建物であれば、階段がどのようにかかろうが、廊下が縦横無尽に走っていても、高さが20mあっても平屋と言える!? 平屋なら法規は至極、シンプル。そんな自由な発想から生まれた絵であった。その案には自信があったものの、いつもの弱気が僕にささやく。
「階段だけの建物なんて、そんなわけないだろう?」
実はこの時点で林社長にはまだ直接、お目にかかっていなかった。僕を紹介してくれた方が、あまりに催促するものだから、「まだイメージ段階なんですが」と断りをいれつつ、とりあえずその絵を手渡した。
数日後、「林社長にたいへん気に入っていただいたようだ。もう中谷さんに設計を任せた、とおっしゃている。」
うれしいけれど、まずいかも・・・
林社長を始めとするシューズセレクションの皆さんに、初めてお会いした際、ファーストイメージの絵をひとしきりお褒めいただいた後、現実的な話となった。
「店舗として使いたいのだが、どれぐらい床面積が確保できていますか?」
「和柄の傘を専門に取り扱う店にしたい」
そりゃそうだよなと、妙に納得しつつ新たな設計課題のもと、一から設計の練り直しが始まった。
「和」がテーマ。あくまで物販店舗。商品のストックスペースも大事・・・ただホーム側に向けて傘を陳列する、というコンセプトは継続させよう。
こうして出来上がった案(図-2)は、建築の法も満たし、店舗として「使いやすい」ものになったと思う。本音を言うと胸はときめかないが、「この案なら問題はない。」
会議でプレゼンテーションすると、林社長以外は皆、納得。でも林社長の顔が冴えない。
数日後、林社長から連絡があり、やはり最初の案のほうがいい。和というテーマにはこだわらなくてもよい、とのこと。
林社長は傘づくりにおいて、次々に浮かぶアイデアをすぐに書きとめサンプルを発注する。その直感とスピード感。その力が建築も助けてくれた。月並な建物になってしまいかねなかったものを、すくい上げてくれたのだ。
そこから先はファーストイメージをいかにすれば建築となるか、という骨のおれる作業が続いた。
上から下までの吹抜け空間のなかにスキップフロアーで床が重なりあう、4階建てとして整理した。法に適合させるために驚くほど多くのシャッターを天井裏に仕込んだ。また、建築構造家の鈴木啓さんが柱をサッシのように細く、また階段でさえ、全て構造部材として意味をもつようにしていただいたお陰で、見えがかりはファーストイメージのように極めてシンプルなものに近づけていくことができた。(図-3)
林社長いわく、「難しいことをやさしく見せるのは困難である」「すごくやさしい簡単なつくりの傘に見えるのに、聞いてみると実はすごく高性能。」
ファーストイメージのシンプルなつくりを実現するために、必要以上の工事費と最先端の技術が必要な建築になったというのが実情だ。
下から上まで吹抜けが右に左につながった空間をつくりたいがゆえに、完了検査時以外、おそらく作動させる機会がないであろう防火シャッターを、これほどたくさん組み込んだ建築なんて、後にも先にもないであろうから、そういう意味でも、まねのできないユニークな建築が生まれた。
建築って不思議なもので建築主に似るところがある。僕は僕なりに建築家としての矜持があるから、必ずしも建築主に迎合してデザインを練るわけではないけれど、それでも建築主の気質が空気感として建築に、空間に宿ってしまう。おおらかな気性の建築主と作った建物は、空間もおおらかでのびのびするものだ。だから、この自由が丘の建物がアイデアに満ちたユニークなもので、人々の耳目を集めるものになったのであれば、それはまさに林社長の分身だからだと思う。
ジーン・ケリーが土砂降りの雨のなかで傘をさしながら軽やかなステップを踏む、「雨に唄えば」。
スキップしたくなるような色とりどりで楽しげな傘の空間が、ホームで電車を待つ人の目に飛び込むのであれば、林社長の傘づくりの思いを社会に伝える絶好の場になるのだと思う。
ものづくりとは、言葉で語らずとも、空気感として作り手の思いを見る人、使う人の肌に伝えなければならない。僕たちのこのワクワク感が、自由が丘の街行く人々の胸を躍らせると信じている。